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セルライト潰し専門店 パーフェクトライン THE PERFECT LINE

STAFF STORY

スタッフストーリー

私たちボディプランナーも、パーフェクトラインで変わりたいを
実現した女性の一人。皆さんの”変化のための行動”に少しでも
役立てたらと思い、8名のストーリーをご紹介します。

~私が辿ってきた人生の「線」~

炭竃綾子 炭竃綾子 2010年入社

■学生時代は遊びすぎて卒業できなくなるほどに

 
とにかく遊びまくっていた学生時代でした。
 
居酒屋でアルバイトをしていましたが、
少しでもお金を稼いだらクラブに遊びに行きました。
 
パラパラとかサイケとか、とにかく踊りまくっていて
アルバローザの服とかも買って。
  
楽しく働いて、お金を稼いで、遊んで、の繰り返しでした。
 
親の言うことも聞かずに反抗していましたから、
学校にもあまり行っていませんでした。
その結果、単位が足りずに「卒業できない」ということにもなりました。
 
卒業できないのは何だか嫌だなあ、と思って
単位を取るための補修を受けることにしたのですが、しんどかった。
 
冬休みに学校に行って、授業を受けるのです。
高校ではデザイン工学科に在籍していたので、補修では何かの工作をひたすらやらされました。
それと、体育の補修では冬だろうと泳がされたりもしました。
 
それでなんとか卒業することはできたのですが、
就職はせず、親戚がやっているアクセサリーショップを手伝うことに。
 
1年くらい手伝った後、「そろそろ就職しようかな」と思って
自分で仕事情報誌を読みこみ、エステの会社がいくつか候補に挙がりました。
 
エステがいいなと思ったのは、多くの人がやるような事務みたいな仕事よりも
華やかだし、お給料も良さそうだし、という少し不純な考えからです。
 
 

■田中由佳さんとの衝撃的な出会い

 
最終的な候補として男性向け育毛サロンと女性向けエステがありましたが、
どうせなら女性向けのほうがいいかな、というくらいのノリで
女性向けエステのお店を選びました。
 
ただ、面接を受けに行った時に今までにない衝撃を受けました。
面接を担当してくださった女性がとにかく「カワイイ」のです。
 
当時ルームシェアをしていた友達にも、面接が終わってから
「めっちゃカワイイ人がおった! 一緒に働けたらいいなあ」と
熱く語っていたほど。
 
それが、今のパーフェクトラインの田中由佳社長でした。
 
そう、田中社長がまだ田中由佳さんという1人のスタッフとして
働いていたお店だったのです。
 
そのお店はフェイシャルや痩身や脱毛など、トータルのエステサロンでした。
面接にも受かり、念願かなってそのお店で働くことになりましたが、
田中由佳さんとは関わることもなく、しばらくは
ただの「カワイイ先輩」でしかありませんでした。
 
たまにチラッと見かけては「はー、やっぱりカワイイなあ」と思うだけ。
面と向かって「頑張ってね」なんて言われたら、
「はい!頑張ります!」とテンション高く答えるだけ。そんな日々でした。
 
 
仕事自体はとても楽しいものでしたし、仕事が終われば相変わらず遊びに行っていました。
週末ともなると学生時代と変わらず大阪に行ってクラブで夜を明かしていました。
楽しく働いて、お金を稼いで、遊んで、の繰り返し。
 
ただ、変わったのは親の反応でした。
エステの仕事をやりだしてから、めちゃくちゃ応援してくれるようになったのです。
 
そんなある日、東京に転勤することになりました。転勤になったのは
私だけでなく田中由佳さんを含め3人。皆で上京したのです。
 
それを機に、ほぼ毎日一緒に行動するようになりました。
仕事はもちろん、休みの日も一緒でした。
 
そうして深く関わる中で感じたのは、「この人はカワイイだけじゃない」
「中身もすごい」ということでした。 
 
どうすごいかと言えば、今と全く変わりません。
「目標を達成させる」ということにひた向きで、「達成しないなんて許せない」という、
とても自分に厳しい人だったのです。
 
 

■何も考えずに辞表を提出したあの日

 
1年半が経った頃、田中由佳さんが「独立するから辞めることになった」と言ってきました。
それを聞いて、私はとにかく驚きました。
 
以前から「独立するかも」とは聞いていたのですが、とはいえ実際に辞めて居なくなるという現実を突きつけられると、ただただ頭が真っ白になるだけでした。
 
ふと我に返るとすぐに「そんなの無理だ、私も辞める!」と思い、
翌日には辞表を出していました。
 
会社に辞表を提出すると、「田中に付いていくんか?」と聞かれました。
私は「はい。あの人が居ないのなら私はここで働く意味がないので」と
真剣に答えていました。
 
私にとっての田中由佳さんは全てにおいて憧れの存在でしたから、
その人が行くところならどんな業界でも構わないとすら思っていました。
八百屋を始めようが魚屋を始めようが、本当に何でもよかったのです。
 
 
面白いもので、入社する時は「給料がいい会社がいいな」とお金のことを気にしていたくせに、辞める時には有給消化だとか退職金だとか何も考えることなく飛び出していました。
 
しかし、遊んでばかりで貯金もしていませんでしたし、
会社を辞めたことで収入も途絶えてしまいます。
飛び出したはいいものの、「これからどうしよう……」という不安も襲ってきました。
 
そこで私は、生きるために初めて「キャッシング」をしました。
借りられる限度額の枠一杯まで借りて、当面の生活費にしようと考えたのです。
 
田中社長が作った新しい会社にはマンションも借りていただき、女4人で住んでいました。
立ち上げたばかりの会社ですから、最初のうちはどうしても給料が出ません。
でも、給料はなくても田中社長が生活をサポートしてくれましたし、
キャッシングしたお金もあったので特に不自由はありませんでした。
 
そして必死になって働いて、数か月後に初めてのお給料を手渡しでもらった時は
本当に嬉しかった。いまでもその時のことを覚えています。
そこから、キャッシングで借りたお金もコツコツと返していくことができました。
 
 

■社長のことが好きすぎて、離れることに

 
私の恋愛対象は、昔からずっと男性です。
でも、初めて会った時から田中社長のことが本当に大好きでした。
 
私がなぜそこまで田中社長に惚れ込んでしまったのか。
とにかく、とことん向き合ってくれる人だから、というのが大きいかも知れません。
前の会社でも、昇格を目指して頑張ろうと思った時、
私に向き合って「今のままじゃダメ」と本気で怒ってくれたりしました。
 
私は親からも突き放されていましたし、もともと人と距離を置く性格だったので、
それまで自分に本気で向き合ってくれる人に出会ったことがありませんでした。
 
そんな田中社長とずっと働けるなんて光栄だし、毎日が楽しかったのですが、
私は一度辞めることになってしまいます。
 
 
原因は、今から考えると本当に馬鹿らしいでのですが、
社長のことが好き過ぎたから、です。
 
その時は自分が彼女にでもなったのか、というぐらいの感覚でいました。
会社は拡大していきますから色んな人が入社してきます。
当然ながら田中社長に褒められるような動きをする人もいます。
そこに嫉妬をしてしまうわけです。
 
「社長を取られたくない」みたいな気持ちから、新しく入ってくる人たちに
嫌な態度をとってしまうことも。
 
社長を慕うということ自体は悪くないと思いますが、今思えば私は重すぎでした。
田中社長からすれば「みんなで一緒に頑張ろうよ!」という感じなのに
私は「私だけを見て!」という、ものすごくウザい社員になっていたのです。
 
田中社長からのスポットライトが当たる人を妬んでいると、
当然ながら田中社長からも呆れられます。
そして、しまいには「もう、そんなことするんなら辞めな!」と言われてしまいました。
 
それに対して私も「じゃあ辞めますよ!」と言ってしまいました。
売り言葉に買い言葉。でも内心は「引き止めて欲しい」と思っていました。
まさに恋愛と同じです。その場を立ち去ろうとするときに、引き止めて欲しかったのです。
        
しかし引き止められることはなく、そのまま辞めることになってしまいました。
 
神美を辞めた私は、大阪に行きました。ただ単に友達が多かったから、という理由です。
自分自身の「居場所」を確保したかったのだと思います。
 
大阪では、アルバイトをしながら生活していました。
色んなところに遊びに行ったりもしましたが、心の底から楽しむことはできませんでした。
何か大きな引っ掛かりが自分の中に常にあったからです。
モヤモヤとしたまま生活を続け、彼氏もでき、結婚もし、出産もしました。
 
 
後で知りましたが、その頃の田中社長は神美を立ち上げて2年目にして
苦境を迎えていたのだそうです。
 
社長が事業で苦しんでいる時、私は側にいて力になることができなかった。
この事実は変えられることができず、今でも後悔しています。
 
 

■“間違い電話”から全てがはじまった

 
神美を辞めて4年の月日が流れた頃、私は離婚してしまいました。
 
シングルマザーとしてアルバイトと子育てに明け暮れていましたが
ある日、田中社長から電話がありました。
 
実は田中社長からはそれまでも何度か電話があったのですが、すべて“間違い電話”でした。
 
田中社長はそそっかしいので、どうしても携帯のボタンを押してしまうのです。
この時も「ああ、間違って押したわ」「ああ、そうですか」という感じでした。
 
ただ、「最近どうなの?」ということを聞かれ、「ああ、離婚しました」という報告をしたところ、
「そっか、今度ご飯でも行こっか」と誘ってくださいました。
私はすぐに「行きたいです」と答え、田中社長と再会することになりました。
 
そして再会した食事の席で「また働いてみる?」と聞かれ、
私はすぐに「また働きたいです!」と答えていました。
 
そうして4年ぶりに神美に戻ることになったのです。
 
4年前はスタッフに対してくだらない嫉妬を抱いてしまったのが問題でしたが、
戻った私にその心配はありませんでした。
 
メンバーもほとんど変わっていましたので、幸いなことに「悪い時代の私」を
知る人も少なく、スムーズに戻ることができ、私自身もリセットすることができました。
 
また、昔と違って戻った私には子どもがいました。
子どものためにも全力で働かなくてはならない、という強い使命感があったのです。
ただ、使命感こそあったものの、この時は私が一番苦しんだ時期でもありました。
 
それなりのポジションを与えてもらいましたが、しばらく見ない間に会社は成長しているし、
ずっとアルバイトしかしていなかったので社会人としての感覚が欠落していました。
「仕事」というものの感覚を取り戻せずにいたのです。
 
悩みに悩んで、私は気がつきました。
それまでの私は、自分のことを勘違いしていたと。
自分では「仕事ができる」と思っていましたが、ただ“デキる風”に見せていただけでした。
 
それが田中社長には全て見透かされていて、「ただイキってるだけや」「そんなんいらんわ」とか、
今まで誰にも言われたことが無いような指摘をされ続けました。
 
全て見透かされてしまう自分を「カッコ悪いなあ」と思っていた矢先、降格にもなりました。
でもその時、「降格にしてもらって良かった」と安心している自分がいたのです。
 
私自身、「もう1回現場からやり直すことが大事やなあ」と思っていましたし、
現場の大変さもより肌で感じることができる。
それまではマネージャーという立場の役割が分からずにマネージャーをやっていましたから、
降格してもらって助かった、というのが正直なところでした。
 
 

■挫折をしても、子どもがいても、活躍することはできる

 
うちには今4歳の子がいますが、多くの時間を私の母親に頼っている状態です。
復帰したばかりの頃は、正社員でガッツリ働こうとすると母親とケンカばかりでした。
19時までのシフトでしたが、どうしても19時には帰れず遅くなり
「早く帰ってこい!」と文句を言われていたのです。
 
女性がしっかり働こうとすると、どうしても子育てとの両立が難しくなりますが、
神美という会社では、離婚してシングルマザーでも、子どもを育てながらであっても、
「活躍できる」という道筋を作っていきたいと思っています。
 
いま、復帰して3年目を迎えましたが、パーフェクトラインが拡大していく様子を見ていて純粋に嬉しいですし、肉体的にツラいというのは今まで一度もありません。仕事が苦しいと感じたことはないんです。
 
それよりも、田中社長と仕事をしていない空白の4年間のほうが苦しかった。
私自身、打ち込めるものが何もなくなったわけですから。
 
今は幾つかの店舗で店長をやらせてもらっていますが、全力で打ち込んでいますし、「一生働いていく」という覚悟もできています。でも変に気負っているわけでもなく、「子どものために」という原動力も相まって冷静に働けています。
 
 

■田中社長に出会わなければ、私はただのクズだった

 
先日、社内のイベントがあって全社員のうち5位として表彰されました。
 
素直に嬉しかったですが、どうせ表彰されるなら1位がいいですね。
 
私は一度、田中社長から突き放されています。そして、辞めています。
だからこそ、とにかく「皆に認められたい」という思いを強く持っています。
 
昔は中身がないのにただアピールばかりしていただけですが、
これからは自分の実力を認めてもらいたい。社長の一番近くで右腕として働き続けたい。
そして、その役割が「ふさわしい」と誰からも認めてもらえるよう、
力を付けていきたいです。
 
とはいえ、会議に出ても「まだまだやな」と思わされます。
達成させるべき目標に対して到達していないことも多く、
どのようにギャップを埋めるべきか悩んでばかり。
今はとにかく、与えられた職務をまっとうすることに必死な毎日です。
 
 
私の人生を振り返っても、ターニングポイントは「田中由佳さん」に出会ったことでした。
出会っていなければ、今ごろ私はただのクズでした。
 
いずれは、私が田中由佳さんに感じてきた「この人、すごい」という感動を、
今度は私が下の子たちに感じてもらえるような、
そんな人間になりたいと思っています。

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